移住者の声

高瀬智弘さん

     
三重県出身の高瀬智弘さんは、幼少期から野球一筋で過ごし、大学在学中にはオール東海選抜のキャプテンとしてチームを日本一に。民間企業に就職後、「千葉マリンスタジアムを満員にできる人募集」という新聞広告を見て、即応募。念願かなってプロ野球球団「千葉ロッテマリーンズ」の企画広報担当となり、18年に亘って、それまでの球界になかったアイディアを次々と実現させ、マリーンズファンを増やすことに全身全霊を傾けてきました。そして2011年から千葉市幕張と鴨川市太海での二地域居住を開始し、2015年に球団を退職し完全移住。カフェやシェアハウスを経営されています。
マリーンズの秋季キャンプが鴨川市で行われることになり、太海を案内されたときに一目ぼれをしてしまったという高瀬さんにお話しを伺いました。
 
■移住したきっかけは?
子どもの頃から海辺に住みたいという夢がありました。
最初3年間は幕張と鴨川の2拠点居住でスタートしましたが、一度の人生、悔いなく生きた!と思えるように、完全移住、脱サラ起業を選択しました。
それまで時間を見つけては日本各地、時には海外の海辺(=将来住む場所)を探しまわっていました。
その中で鴨川を選んだのは前職の関係で鴨川の人たちのあたたかさに触れたから。仕事で来ているのに「ただいま!」と言いたくなるような人たちがいてくれたことがとても大きいです。太海は鴨川市役所に勤める恩人達が紹介してくれました。太海の海を目の前にした瞬間、ここに住みたいと思いました。すぐに海沿いの細い道を歩いてみると、夢に描いていたような海辺の平屋の空き家を見つけました。そして、その物件の住所が1969番地、私が生まれた1969年と同じだったんです。笑

■移住前と移住後で変わったことは?
空を見上げるようになりました。
すれ違う人たちと挨拶するようになりました。
時間の流れが変わって、自宅に遊びに来る仲間たちが増えました。家族のように思える仲間たちがたくさんできました。本当の家族もできました。
仕事人間が、独身貴族が、今は大切な家族と、太海に集まる仲間たちと楽しい時間を過ごせています。
起業して2年。収入は現状、前職に比べ2/3程度でしょうか?会社としては黒字転換できそうですが、まだまだ社会に貢献できていないです。笑
支出も大幅に減りました。幕張時代のマンション家賃15 万円が、今は家賃0。(現在の家は借家です。廃墟になっていた空き家を自分でリノベーションすることを条件に10年間家賃は不要としてくれました。空間デザインが好きで、セルフリノベーションしたので費用は350万円程度。車一台買うぐらいで海辺の秘密基地を手に入れることができました。)幕張への通勤費もかからないし、ここではベンツもロレックスの時計もブランドスーツも必要なくなりました!笑

■移住にあたって、キーパーソンとなった方は?
当時の鴨川市役所のマリーンズ担当の皆さんと、自宅裏のおじいちゃん、鈴木さん。
市役所の恩人たちは、鴨川を好きにしてくれました。そして、移住にあたって色々なアドバイスや、情報をくれました。リノベーションもプライベートで手伝ってくれました。裏のおじいちゃんは移住する不安を取り去ってくれました。
たくさんのおせっかいがあったかくて、いつの間にか鴨川の父みたいに思わせてくれてます。笑

■住んでいる地域への関わりや意識など、移住前後で変化はありましたか?
観光協会の会合や行事、祭りや神社の清掃、カフェに来てくれるみなさん、朝の散歩、伊勢エビ漁のお手伝い、、、太海は小さな漁村です。みんな顔見知りで、日常にあたたかい交流があります。
近所の人との関係が文字通り近くなりました。
近所のおばあちゃんを病院に送ったり、子守をしてもらったり、醤油切らしたら借りたり、、、笑
町のみんなが助け合おうという気持ちを持っているし、自分も何か役に立ちたいと思うようになりました。
前職時代の方が地域に対する貢献はできていたのかもしれませんが、太海という新しいフィールドに自分らしい何らかの貢献をしたいし、その気持ちは今の方が強いかもしれません。

■鴨川でのくらしはいかがですか?
移住すると今まで交流のあった人たちと疎遠になるのではという不安がありました。しかし海辺に住み始めると多くの仲間が自宅に遊びに来てくれるようになりました。次にもっと多くの仲間が集えるようにカフェを作りました。そうすると太海に住みたいという仲間がでてきました。そしてそんな仲間たちとシェアハウスを作りました、、、、、、、
自分の住んでいるこの場所をもっと多くの人に知ってもらいたい。もっと多くの仲間たちがこの場所に集まってきてほしいと思うようになりました。
今は、この町にもっとたくさんの笑顔が集まるように色々チャレンジしてみたいと思っています。

■移住を考えている方に、一言アドバイスを!
移住となると人生の大きな選択ですね。勇気もいります。
新しいことを始める勇気と、やりたいことがあるのにやらない勇気。どっちの勇気を選ぶかは、あなたのモノサシで決めるものですよー。
住み始めは不安です。情報もなく不便です。
頼れる地元の知人、友人ができるといいですね。新しい生活のスタートに力を借りちゃいましょう!
自分からどんどん話しかけてみるといいと思います。みんな、親切にしてくれますよ、きっと。

高瀬さんにお話しを聞きたい方は  浜茶屋太海 https://ja-jp.facebook.com/hamajayafutomi/ へ
 

橋詰良子さん

   
橋詰さんは、編集プロダクションに勤務後、独立。雑誌や書籍などのフリーライターとして活動する一方、デザイン事務所の運営にも携わっています。2016年に地域おこし協力隊員として、東京都中央区日本橋から千葉県鴨川市へ移住。「以前から、都会からほど近く適度に温かい場所、美しい自然の中で生活してみたいと考えていた」という橋詰さんにお話しを伺いました。
 
■移住したきっかけは?
自然の多い環境で暮らしたかったため。フットワークが軽く、幅広いことにトライできる30 代のうちに実現したかったので、今のタイミングになりました。
都内へ日帰りできる圏内(仕事の都合のため)でいくつか見て回った中から、自分好みの環境がある地域を絞り、最終的に地域おこし協力隊の募集があった鴨川市にしました。移住前から鴨川には知り合いがいましたが、より幅広い方と知り合える機会を得られるほうが移住先での暮らしが充実するかと考えたためです。
 
■移住前と移住後で変わったことは?
生活リズムにゆとりができたように感じています。今でも都内での仕事や所用がありますが、移動時間が長くなったことで以前よりもきちんと精査するようになり、自分にとって必要なことがより明確になったようにも思います。また、自宅にいて波音が聞こえるなど、住環境は格段に良くなったと思います。収入は、これまでの仕事も続けているためほぼ変わりません。支出は、鴨川での生活費や都内への交通費などが増えましたが、新たに地域おこし協力隊としての報酬や補助があるのでそれでまかなえています。
 
■住んでいる地域への関わりや意識など、移住前後で変化はありましたか?
移住前は、既婚者ですが子供がいないこともあり、都会に多いいわゆるご近所付きゼロというタイプでした。
移住後は、協力隊の仕事により帰属意識が生まれ、時間の余裕や地元の方と知り合うきっかけも多くもてたことから、地域活動(協力隊の活動地域)にも参加するようになりました。・地域おこし協力隊の仕事で、活動指定地区の自治会や年中行事に参加&地域の一員としてのお付き合いをさせていただいています。
居住している集合住宅に大浴場があり、日常的に会うことで自然と親しくなれたため、ランチやお茶をしに行く友人としてお付き合いしています。その他、協力隊、自宅近隣でできた友人、もともとの知り合い、お気に入りのカフェなど、さまざまな経路で地元の人と知り合う機会が多く、交友が広がっています。
 
■移住を考えている方に、一言アドバイスを!
案ずるより産むが易し、です。やってみると意外と大丈夫でした。私自身、一大決心で相当悩みましたが、戻りたければ戻ることもできるので、そう思うと気楽になりました。
都会の便利さ(駅が近い、店が多いなど)が、それほど必要でないことに気づきました。挨拶は大切だと思います。挨拶をきっかけに知人ができ、移住先での広がりが生まれると思うので。あとは、お気に入りの場所をたくさん見つけて、自分の場所にすることでしょうか。
 
橋詰さんの活動はこちらをご覧ください。
〇清澄・四方木days  https://www.facebook.com/kiyomogi/
〇Hello!四方木  http://yomogiyomogi.jp/

森谷有希さんご夫妻

森谷有希さんご夫妻

お互いにフリーの仕事をしていた私達は、東京よりも広くて、のどかなところで自然に近い生活がしたいと思い鴨川へ移住しました。

キャンプ生活をしながら… 東京との往復で建築を進めていきました。そして平成22年12月に家は完成しないまま、工事をしながらの居住を決め、引越しを行いました。家作りも進めながら、地域の人たちに色々と教わりながら、少しずつ生活を充実させていきたいと思っています。

森谷有希さんご夫妻2

地域とのつながりを大切に 鴨川市のガイド養成講座を受講したり、棚田のオーナーになって米作りに挑戦したり、センターの帰農者セミナーを受講して、畑作りもはじめました。小さな畑ながらも、たくさんの収穫!畑の水やりは雨水をタンクにためて利用。家の前は傾斜地になっていてそこは果樹園にしたい。夢はたくさん広がります。鴨川ガイドの認定も取得、アシスタントとしてウォーキングツアーに何度か参加しました。得意な語学を生かして外国からのお客様のガイドが出来ればと考えています。

先輩からのアドバイス!

自然のパワーを体感できる暮らしを始めてから、都会の生活では鈍っていた感覚がずいぶんと研ぎすまされて来た気がします。 地域の皆さん、特にシニア層の大先輩から見れば、私たちはほんの若造にすぎません。「生涯現役」を目標に移住したものの、逆にエネルギーを頂いてばかりです。 田舎暮らしのコツは、一度に頑張りすぎず、ボチボチでいいから継続してやること。ゆったり構えて時間をかければ、田舎ゆえに何とかなってしまうことが多いです。鴨川のどこかで、あなたの居場所が必ず見つかるはずですよ!

高橋稔さんご夫妻

高橋稔さんご夫妻

移住歴1年。 「自給自足的生活」を目指して鴨川へ移住して元気に2年目を迎えることができました。健康第一で、自然溢れる鴨川の地に早く根を張れる様、自然体で暮らして行きたいと思います。

自家焙煎の珈琲 お気に入りは蒔きストーブ!裏山やご近所の方から分けていただいた蒔きで今年の冬の寒さをしのいでいます。皆さんの優しさも加わって暖かさが倍増。楽しみは炭火で自家焙煎したコーヒー。味も格別です。

高橋稔さんご夫妻2

国産にこだわった野菜作り 妻と共に、畑仕事や果樹の手入れ。ご近所の方や帰農者セミナーで色々と教えてもらって、野菜作りをしています。 国産にこだわって、ゴマの栽培。美味しさはもちろん言うこと無し!まだまだチャレンジしたいものは沢山あります。そして、自分達で少しずつ手を入れて変わっていく我が家も楽しみの一つです。

先輩からのアドバイス!

地域の方々とのふれあいを大切にして馴染んで行く事が何より大切だと思います。実際に住んでみて感じることは、新鮮で安い魚・野菜・果物はありがたいです。「水事情(飲用・田・畑用)」が悪い所があったり、不動産が他の地域に比べて高いと感じますが、住環境は満足しています。希望の地は絶対にあると思います。気軽に我々の生活を見て感じてください。

今井知一さん

今井知一さん

10年前に社会的な不況に見廻れ、妻も田舎に住みたいと思っていたところだったので、それを契機に田舎に住もうと考えました。

「何とかなる」ではなく… ….「何とかした」 たまたま鴨川の物件が新聞のチラシに掲載され、現地を見て決定をしました。 仕事は、特に決めずに近所の方との交流の中で誘ってくださる方がいて、体力仕事をして生計を立てています。

今井知一さん2

移住してみて… 妻が野菜を作り、土地を買ったらついてきた果樹の剪定作業などを行って毎日を過ごしています。 鴨川は思っていたほど田舎ではなく、地元の人も兼業農家の方が多いので会社勤めをしていた私たちもすんなりと溶け込めたのではないかと思っています。

先輩からのアドバイス!

状況が変われば、いろいろな事がそれに応じて動くようになるのかなあ、・・・・。 「明日のことを思い煩うな、明日は明日自身が考えてくれるだろう。」 そんな言葉に近いような想いがしています。

佐藤政弘さんご夫妻

佐藤政弘さんご夫妻

「55歳で退職して、田舎暮らしをするぞ~」と決めていたから、移住後の生活を明確にイメージしていました。

田舎暮らしに向け2年間の山仕事など訓練をしながら… 地元の人も怖がる鬱そうとした場所で、家を建てるまではテントで寝泊りして周辺を整備しました。今では里山の中の落ち着いた雰囲気になっています。

佐藤政弘さんご夫妻2

里山の中の家 敷地周辺の森林は地元の方に許可をいただいて間伐などを行っています。 間伐材はドラム缶炭焼きで暖房用の炭を作ったり、森林整備で切り出した丸太を自分で考案したチェーンソー製材機で製材しています。 製材し材木は集落で倉庫を造るのに使われる予定。 奥様は地元の公民館教室で竹細工をしています。

先輩からのアドバイス!

あれがないこれもないから不便ではなく、あれもこれもないのが田舎、あるものを探して活かしていけばいいのです、大丈夫住めば都。 何をするかハッキリ決めて準備、その前に地元の人と顔見知りになっていればサイコーです。都会の生活スタイルを田舎にそのまま持ち込むのは難しいです、田舎には都会では考えてもいなかった事も、地域の慣習は柔軟に受け止め、宗教や政治については慎重に、地域には地域のプライドがあることを忘れずに。 ‘地域のためになる事をする意識’を、共同作業、お互い様作業には積極的に参加し、近所付き合いを大切にしましょう。困ったことがあっても、嫁に来たつもりで何でも相談すれば、地元の人の知恵を借りことが出来ます。(馴染むのにお酒が飲める人はチョット有利かな)

神林年春・君子ご夫妻

神林年春・君子ご夫妻

44年余り勤務した建築関係会社を辞め、平成21年4月埼玉県富士見市から移住しました。

田舎暮らしを求めて… 富士見市では、狭い庭の片隅で草花やミニトマト、大根などを作っていました。 再雇用1年目(61才)の健康診断で大腸ポリープが見つかったのがきっかけで、田舎暮しをしようと決めました。

神林年春・君子ご夫妻2

移住先を鴨川に決定 平成20年3月頃から土日の休みを利用して、埼玉、茨城、神奈川、千葉等、観光をかねて場所探しを始めました。 鴨川に決めたのは、気候が温暖で海もあり、家庭菜園に最適ではないかと考えてからです。 庭の土壌作りには移住する半年前から土日を利用し、まず雑草、笹竹をスコップなどで除去し、土が重粘土のため山に落ち葉を集めに行き、また市販の堆肥や畑の土を購入し開墾しました。 季節の野菜を植付け、試行錯誤を重ねながら奮闘しています。 また現在では、地元農家の木や竹林の伐採や漁業者の水揚げ後の網の整理等の手伝いをしながら毎日充実した生活をおくっています。

先輩からのアドバイス!

知り合いの人もいない慣れない土地で、 お隣の奥様が「おはようございます」と声をかけてくださったのがきっかけで、 近所の人との会話を交わす事ができました。 何気ない朝晩のご挨拶ですが、声をかけるのにも私には大変な勇気が必要でした。 お互いにちょっとだけ勇気を出して、声をかけあう事が大切だと思います。 今ではたくさんのご近所さんとお友達になって、お喋りを楽しんでいます。

矢川頼雄氏ご夫妻

矢川頼雄氏ご夫妻

引退後の生活? 約1年前の平成20年10月鴨川市に古民家を借り移住しました。 それまでは、印西市に住んでいましたが、「引退したあと何がしたいか」「したいことがあるか?」と二人の会話の中で、自分は趣味として「パラグライダーがやってみたい」という意向があり、鴨川市にあるパラグライダーゲレンデ通いがはじまりました。妻は、友人と絵を描くことが趣味の為、大山千枚田を訪れ、その魅力に心を奪われ、鴨川への移住を決心。 大山千枚田のオーナー制度に参加し、地元との絆を築き、その中で貸家が借りられるという幸運に恵まれ、夢をかなえることができました。

矢川頼雄氏ご夫妻2

夢をかなえ、趣味に勉強に… 現在、鴨川市ふるさと回帰支援センターが開催しています「いきいき帰農者セミナー」に参加、農業に関する勉強をしています。妻は公民館活動に積極的に参加し、充実した生活をしています。 将来的には、自由な時間があるので、自分たちの手で家を建てるのが夢です。

先輩からのアドバイス!

セミナーや趣味を通じて知り合った方々との交流が日々を楽しくしています。 野菜作りのことや生活面にと互いに情報交換をしたり、遊んだりすると、新たな友人や環境が、子育て後の人生を豊にしてくれているのは確かです。 住み慣れた所を離れるのは勇気も必要ですが、とりあえずロングステイから始めてみるのも一案ではないでしょうか。

井上静雄さん

井上静雄さん

「自給的生活を始めました」 鴨川の西方、房総のチベットと呼ばれている平塚に居を構えて。今年の7月で早2年が過ぎようとしています。春の訪れは今年もマイ田んぼの畦切りから始まりました。

そもそも… 思えば、私が鴨川に通いだしたのは2000年の6月からです。鴨川自然王国の会員になり、月1回のイベントには、夫婦で参加して来ました。が、当時は自分たちが住むことになろうとは思ってもいませんでした。気持ちが動いたのは、何年かたった夏の日です。汗びっしょりになった作業終了の帰り道、心の開放感が体全体を包みました。その時、やってはいけるのではないかと思いました。

井上静雄さん2

家を建てる 「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」という本がありますが、正に我家はこれです。家を建てようと思った時に、間に立ってくれた地元の人に、今の所を紹介され、妻が気に入り決定しました。ここまで約3年かかりました。 家は“大山千枚田保存会”の事業でやっている「家作り体験塾」に頼みました。材料は殆ど地元千葉産の杉の木、壁は竹木舞を編み込んだ漆喰です。夏はクーラーいらず、冬は薪ストーブが活躍してくれます。

地元デビュー 私の住んでいる地区は16軒です。始めから受け入れてもらいました。年に数回共同作業がありますが、皆さん和気あいあいで、その後の慰労会も楽しみの一つです。

先輩からのアドバイス!

◎ 土地は1年以上通った方が、日照、風等の自然環境等がわかると思います。 ◎ 家は小さくても、出来れば無垢材の方が安心して生活出来ると思います。 ◎ 地元の人は、皆さん良い人が多いです。会費は都会よりはどこも高目ですが、家計に響く程のことはないと思います。

宮内克之氏ご夫妻

宮内克之氏ご夫妻

平成15年7月の定年を見据え農的生活をする為の移住を考え岩手県、山形県、茨城県や山梨県小淵沢、長野県軽井沢等を見て周り、中でも山形県高畠町の環境が素晴らしく、ラ・フランス、りんご園がついて好条件の物件に魅力を感じていましたが、冬の積雪が2mあると聞いてあきらめました。

鴨川を選ぶ 鴨川を選んだ理由としては、東京や、子供が住んでいる横浜に近いこと、気候が温暖であること、趣味の海釣りが出来ること、また農的生活をするための環境が整っていることで決心しました。当初、妻は移住することには反対でしたが、田園風景と自然に囲まれた環境に納得してくれました。

宮内克之氏ご夫妻2

充実した農的生活 現在の生活は、米、野菜、果樹(温州みかん)、手作りの温室での熱帯果樹(パッションフルーツやマンゴー)の栽培や、地元の炭焼きグループに参加して充実した農的生活をしています。妻も「花味結」という食と農の体験工房で活動しており、自分にあった、やりがいを見つけ充実した生活を送っています。

先輩からのアドバイス!

「自然に憧れて」とか「立地条件に恵まれている」というだけで移住するというのでは、1〜2年ぐらいはめずらしさもありよいと思いますが、すぐに飽きてしまうと思います。「自分はこれをやりたい」という目的意識を持って移住することが重要と思います。 また、慎重に考えすぎては、なかなか決心がつかないので、ある程度の要件を満たせば、思い切って移り住むのが良いと思います。

木下議饒氏

木下議饒氏

鴨川市の里山に移住して8年になります。 春ですとウグイスの鳴き声で目覚め、朝日の中で朝食をとっています。里山は静かで空気にさわやかな草の香りがあるように思えます。

東京暮らしで… 東京に勤務していた頃、夜9時過ぎに満員電車で帰宅する生活は、ちょっとおかしいのではないか。ここは稼ぎと子育ての場で、それが一応クリアされれば住むとこじゃないなとか、職場では電子工学やマイコン制御の基礎を教える仕事をしていて知識の上澄みをギリギリ突き詰める感じ。このままでは体も心もおかしくなるのではないかと。土にふれる生活が心身ともに元気にしてくれるという予感がありました。それで一転して今では田舎暮しです。

木下議饒氏

少しずつ生活を広げて… まず、住む場所を決め。小さな家を建ててもらい遊び心と好奇心で少しずつ生活を広げていきました。工房を手作りし、畑を耕し小さな田んぼを借り、シイタケを楽しみ、鶏を飼う。またヘタクソな絵を描き、静かな林道でジョギングをし、時にはボートを出して海で釣りをする。

私の目ざすもの 今何となく目ざしているのは「環境を汚さず持続可能な農(業)」への回帰です。草には除草剤、虫や病気には農薬がきわめて有効ですが、これは使わないと。 22世紀には石油がもう枯渇してジャブジャブ使えないでしょう。ガソリンで動く耕運機も田植機もスクラップになっているでしょう。孫の孫の世代は江戸時代の農に帰ることかも知れません。 そんなことを考えながら無農薬、手植え、手で虫や草を取って稲を育てています。これが楽しいのです。

先輩からのアドバイス!

移住を考えている人にアドバイスがあるとすると、隣近所のお百姓さんにお師匠さんなってもらうことでしょう。すごい知識と腕をもっている人達です。